医療創生大学いわきキャンパス

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令和元年度学位記授与式 学長告示(令和2年3月21日)
2020.03.21 11:00
 それぞれの学部、大学院において無事教育課程を修了して学士あるいは修士の称号を得て卒業を迎えた145名の皆様に心からお慶び申し上げます。学位記授与式は大学においては入学式と並ぶ一大慶事であり、保護者の方々は勿論のこと、関係各位の御臨席を賜っての学位記授与式も新型コロナウイルスの防疫的観点から、このような形になりざるを得なくなったことに御理解いただきたいと思います。
 
 本来ならば、春は何かが終わって、別の何かが始まる日本に住むわれわれの多くが好ましいと思う「希望の季節」だと思います。青春は生涯において元気な時代のことを指し、春の字が使われている熟語に悪い意味を持つものはあまりみあたりません。
 ところが現在、「希望の季節」は新型コロナウイルスの流行によって一転し、メディアには「大不況襲来」、「五輪中止不可避」、「コロナ倒産ラッシュ」などのおどおどしい見出しが並ぶおよそ希望のない「絶望の季節」となってしまいました。
 どうか皆様、こんな時、こんな社会情勢だからこそ希望をもって将来に立ち向かってくださいと単に述べるのは安直、無責任な発言であると考えるので、希望について少し掘り下げたお話をして学長告示といたします。
 
 少し以前に希望学という学問領域や著作があることを知りましたが、この希望学の中心メンバーのお一人に玄田有史先生という方がいらっしゃいます。玄田先生は心理学者あるいは文学者かと思いきや経済学とくに労働経済学を専門としています。希望学は希望の社会科学であり学際的な研究領域だそうですから、労働経済学を専門とされる学者が希望学を研究しているのも不自然ではありません。
 
 この玄田先生は、「不安が大きい社会では、つい確実なものを求めがちになる。しかし不安を招きやすい変化の激しい時代には、かつて確実と思っていたものが、あっという間に役に立たなくなったりする。永久不変の勝利の方程式など存在しない。希望も同じで、どうすればもっとよい将来をもたらすことができるかを考え、時には思い悩みながら試行錯誤を続ける。そこから希望は生まれる。希望は模索の過程そのものなのである。」と著作の中で述べています。
 
 玄田先生が希望の話をするときには、「持て」とか「持った方がいい」とは言わずに、そのかわりに希望をつくるための一つのヒントを紹介するそうです。それは、希望は四つの柱から成り立っているということの紹介です。一つ目の柱は「気持ち」とか「思い」「願い」と呼ばれるもの。二つ目の柱は何とかしたいという自分にとって大切な「何か」を見定めること。三つ目の柱は「実現」です。最後の四つ目の柱は「行動」です。行動を起こさない限り、状況を変えることはできないからです。
 つまり、希望を持て持てと声高に叫ぶよりは、希望には四つの柱があって、その柱を自分で見つけることから希望は始まるという話です。希望とは「行動によって何かを実現しようとする気持ち」となります。加えて状況が変わるのをじっと待つだけではなく、みずから変えるべく行動を伴う希望こそ、社会と一層つながった希望であると玄田先生は述べています。
 
 また玄田先生は、製鉄所が撤退した釜石における調査研究から「年齢」「収入」「健康」といった要因が、希望の有無に明らかに影響を与えていると指摘しています。「年齢」は残されている「時間」を意味しますから、卒業する諸君、若者は希望をつくる上で、最も貴重な資源を内装しているということです。「収入」はともかく「健康」も若者の貴重な資源です。未来に向かって挑戦する若者たちの姿は、かりに失敗に終わったとしても、社会に元気を与えてくれます。諸君たちの挑戦がこれからの少子高齢化社会、否少子高齢社会の閉塞と遅滞を打ち破ってくれるものと期待しています。
 
 私が玄田先生の著作のなかであることに大変興味を持ちました。それは孤独化が広がった結果、希望を持てない人々が増えたこと。そして解決する方法がウィーク・タイズを持つことだという主張です。ウィーク・タイズとは緩やかな、強くない結びつきあるいはつながりや絆で、強いつながりを意味するストロング・タイズに対比する言葉です。ウィーク・タイズは、いつも会うわけではないが、緩やかな信頼でつながった仲間は、自分の知らなかったヒントをもたらし、自分自身の希望、そして自分と他者との間の希望をつくることができというのです。
 希望という言葉は観念的であり、ときには政治的修辞として用いられますが、なんとも不安に満ちた大変なこの時期に学窓をはなれる皆様には、希望を持てと声高に申しませんが、玄田先生の説くところの希望とは「行動によって何かを実現しようとする気持ち」であり、ウィーク・タイズ=緩やかな人と人のつながりや絆が希望の実現と持続に必要だということをお話いたしました。
 
 今回の卒業生諸君は、医療創生大学としての最初の卒業生となりますが、いわき明星大学の開学以来培われてきた良い伝統は継承されます。どうぞ本学で学んだことを誇りとして、輝かしい将来に旅立っていただきたいと願うものです。ご卒業おめでとうございます。
 
令和2年3月21日
医療創生大学
学長 山崎洋次