きんいろのカタツムリ

─ 第3話 ─

『夢やぶれて』の編成が決まった翌日、竹本先生にウィンターコンサート前の最後の個人レッスンを受けた。 「先生、昨日はありがとうございました」 「お礼を言われることじゃない。君の音があの曲には必要ということだよ。齋藤君と練習していたの?」 「えっ、ご存知だったんですか?」 「いや、知らなかったけど、あのクラリネットとホルンの呼吸の合い方はいきなりできるものじゃないから、そういうことだと思ったよ」 (私と齋藤先輩の呼吸が合ってるって……!) 「本番までもっと一緒に練習しておいてください。彼にとってはこの楽団で最後の演奏会だからね」
 個人レッスンを終えて講堂を出ると、弥生がちょうど図書館から出てくるところだった。 「あ、紗江ちゃん。昨日はお疲れさまでした。本当によかったですね!」 「うん、弥生も一緒に吹けるしね。あ、そうだ。弥生に聞きたいことがあったんだ」 「なんですか?」 「なんでよりによって祥平なんかにホームページのことを頼んだのよ?」 「ああ、彼はネットのことすごく詳しいし、英語もできるから。私が頼んだこと、彼に聞いたんですか?」  弥生は小首を傾げて不思議そうな顔をしている。 「ちょっとね。この間、弥生のとこのホームページのプリントアウトを持ってるから問い詰めたのよ。ホント、なんであいつはここにいるんだろう。地元が嫌いなら東京の大学に行けばよかったのに」 「祥平ちゃん、高校のときに交換留学生でアメリカに行ってたんですよ。あっちの水が合ったみたいで、そのまま残って大学まで行く予定だったんですけど、お母さんが病気になってしまって、それで高校卒業したときに帰ってきたんです。お母さんの病気はだいぶよくなってきたので、もうすぐ退院できそうなんですけど」 「え、そうだったの? でも、なんで弥生は祥平のこと、そんなによく知ってるのよ? っていうか、“祥平ちゃん”って……??」 「幼なじみなんですよ」 「ええっ! そうなの?」 「うちのお母さんと祥平ちゃんのお母さんは高校の同級生なんです。お家も近かったから、小さい頃はよく遊んだんですよ。小学校の三年生くらいまでかな。お客さんがいないとき、プール代わりにうちの旅館のお風呂によく一緒に入って遊びましたよ」 「うっそー! マジで?」 「でも、いつも私と一緒にいるのを小学校の同級生にからかわれて、それであんまり遊ばなくなっちゃってそれっきり。だからここで会ってびっくりしちゃって。戻ってきてるのは知ってたんですけど、ちゃんと話をするのは十年ぶりくらいだったから」 「そうだったんだ」 「祥平ちゃん、ぜんぜん変わってなくて。小さい頃からあんな感じで、怒りっぽくて、いつもどこかで仕入れた難しいこと言って。おませさんだったんですよ」  弥生は昔を思い出したのかクスクス笑った。あのニヒルを気取っている祥平が弥生にかかると「おませさん」になってしまうのか。 「そうそう、私が大きな野良犬に嚙まれそうになったのを祥平ちゃんが助けてくれたことがあって。代わりに彼がお尻に嚙みつかれて、何針も縫ったんですよ。たぶん、今でもそのときの痕があるはずなので、また一緒にお風呂に入って確かめたいんですけど」 「やめときなさい!」 「彼、アメリカでカルチャーショックを受けたって言ってました。向こうじゃ高校生でも将来のこと、真剣に考えているヤツがたくさんいるのに、日本に帰ってきてのほほんとしている大学生を見てると腹が立つって。私も怒られたんですけど」  祥平は祥平で、なんだか厄介な気分を抱えているのか。 「喋るとちょっとひねくれた男の子みたいですけどね。でも根は優しいんですよ」 「じゃあ、祥平にちょっと言っといて。少し言葉に気を使えって」 「はい、叱っておきますね!」  二人が幼なじみっていうのには驚いたけど、弥生ってもしかして結構しっかりしてるのかも。まるでお母さんみたい。
 十二月二十四日、齋藤先輩たち四年生にとって最後の定期演奏会「ウィンターコンサート」が始まった。 『夢やぶれて』は最後から二番目だ。前半のプログラムは全体での合奏で、後半は曲ごとのアンサンブル、そして最後は四年生それぞれがソロをとる合奏だ。プログラムは滞りなく進んでいった。  いよいよ次……。竹本先生のMCの間にステージ上でセッティングする。すでに胸がどきどきしていて、準備する手がおぼつかない。そんな私を見て齋藤先輩が肩を回す仕草をした。「リラックスしろ」という意味だろう。でもそんなこと言われても。深呼吸するのが精一杯だ。
「この『夢やぶれて』の原題を皆さん、ご存知でしょうか?」  竹本先生は観客に向かって、最初のレッスンのときに私に教えてくれた『夢やぶれて』の原題の話をしている。 「『レ・ミゼラブル』の前半のクライマックス。絶望の中でフォンテーヌが歌うこの曲の歌詞は悲しみに満ちていますが、メロディはとても美しい。この曲の原題はフランス語で『J’avais rêvé d’une autre vie』。日本語に訳すと『私は違う人生を夢見た』です。私はこの曲は現実にただ絶望するだけではなく、生まれ変わって新しい人生に踏み出そうと願う人に捧げられた曲だと思っています。皆さんもそう思って聴いていただければ、また違った趣が感じられるのではないでしょうか。それではお聴きください」  竹本先生が舞台袖に下がった。齋藤先輩が回りに目配せして頷いた。私は前奏を吹き始めた。弥生のフルートが重なる。そして齋藤先輩のクラリネットのソロパートへ。何十回、何百回と聴いた齋藤先輩のクラリネットが私を落ち着かせてくれる。ソロパートが終わりに近づき齋藤先輩が目で合図した。 (大丈夫だ)  そう言うかのように先輩は小さく頷いた。私はホルンのソロパートを吹き始めた。  そう。私は生まれ変わる。この曲を吹くことで。  私の鼓動と私の出す音がその瞬間に重なった。指が自然に動く。息が自然とメロディを奏でる。私とホルンは一つの歌を歌った。  ソロパートを吹き切り、再び齋藤先輩のクラリネット、そこに私のホルンを重ねていく。フルートが、オーボエが、ファゴットが重なっていく。そしてクライマックスへ。 (ずっとこうしていたい……)  私の歌、齋藤先輩の歌、弥生の歌……。全員の歌が一つに溶け合い、私の胸の奥ではたくさんの泡が踊り、弾け、輝いた。
 無我夢中のうちに三分半が終わった。  観客席で拍手が沸き起こり、ステージ上の私たちを包み込んだ。  立ち上がって観客席を見ると知恵理や耕太郎や加奈ちゃんの姿が見えた。耕太郎が頭の上で大きく手を叩いている。加奈ちゃんがガッツポーズをしている。観客席の一番後ろで壁により掛かりながら拍手する祥平も見えた。横にいる齋藤先輩と目が合うと、先輩も笑っていた。それに促されるように私は皆と揃って観客席にお辞儀した。  そして最後の合奏。卒業していく四年生がそれぞれ短いソロをとった。演奏が終わると観客席は総立ちで拍手を送った。  竹本先生が卒業していく四年生を一人ひとり紹介していく。齋藤先輩も名前を呼ばれ、立ち上がって客席にお辞儀をした。私は後ろの席から先輩の後ろ姿を見ていた。  きっと私は夢を持つことを恐れていたのだ。夢を持って、それがやぶれることを怖がっていたのだ。自分の夢が見えないふりをしていた。  そんな自分から生まれ変わりたい。  私の背中を押してくれたその曲を、私はもう一度心の中で演奏していた。
 年が替わって後期試験も終わり、あっという間に二ヶ月が過ぎていった。  私は次のステージのためにまた練習を重ねていた。そう、今度は学位記授与式で卒業していく四年生のために在校生だけで演奏するのだ。曲目は四年生には秘密だ。  齋藤先輩と練習できないのは残念だけど、この曲を聴いたら先輩はきっとびっくりするだろう。  学位記授与式の当日、式典の前に配られたプログラムを見て思わず吹きだした。 (ホントにこう書いたんだ!)  プログラムには私たちが演奏する曲名が書いてあった。 『夢はやぶれない』(いわき明星大学吹奏楽団スペシャルアレンジの『夢やぶれて』をお送りします)  ステージの上から客席を見渡すと齋藤先輩と目が合った。微かにあごを上げて合図してくれる。  竹本先生の指揮で私たちは演奏を始めた。オリジナルのアレンジで始まった曲は、やがてアップテンポになり、途中から会場の手拍子が加わった。クライマックスではデキシーランドジャズ風に全員が立ち上がって楽器を左右に振りながら演奏した。思いっきり賑やかに、思いっきり晴れやかに。  演奏が終わると卒業生全員が立ち上がって拍手してくれた。 「卒業、おめでとうございます!」  私たちは全員でそう言ったあと観客席の卒業生に深く頭を下げた。拍手は長い間鳴りやまなかった。
 式が終わって講堂から卒業生が出てくるのを少し離れた場所から見ていた。 「いいんですか、紗江ちゃん? このまま見送るだけで」  いつのまにか横に来ていた弥生にそう聞かれた。 「うん、同じ町にいるんだからきっとまた会えるし、今日はただ齋藤先輩を見送るよ」 「そうなんですか……」  弥生は少し不満げに頬をふくらませた。 「なんだか私より弥生の方が残念そうな顔してる」 「それはそうですよ。ずっと紗江ちゃんのこと応援していたのに……」  他の卒業生と一緒に出てきた齋藤先輩が私に気がついて手を振った。それに応えて私も小さく手を振った。  齋藤先輩がいなくなったキャンパスで、私は三年になった。  私は大学の正門から見るキャンパスの風景が好きだ。正門から続く煉瓦を敷き詰めた道の一番奥にちょっとクラシックな雰囲気の図書館が見える。その向こうに広がる青空。  道はずっと続いている――。正門の前に自転車を停めてこの風景を見ていると、いつもそんな気がしてくる。 「練習してるかい? ホルン吹きの美少女」  聞き覚えのある声に振り返ったら、いつか会った競輪選手のオジサンだった。 「もうバッチリです! 最近じゃソロも吹いちゃうんですよ」 「そういえばクリスマスのときはうまかったな。感心したよ」 「えっ! 聴きに来てくれたんですか?」 「へたくそだって言ってたから出てこないかと思ったら、ちゃんと吹いてたじゃないか」 「もう、いっぱい練習したんですよ!」  オジサンは「うんうん」という感じで聞いている。 「どれがホルンか、ちゃんとわかりました?」 「実はわからなくて隣の席の人に聞いちゃったよ。カタツムリみたいなやつだろ?」  私はそれを聞いて吹きだした。確かにホルンのことをカタツムリって呼ぶ人、時々いますけど。 「しかしあれだ、ホルンっていうのは優しい感じの楽器だな。他の楽器は、こう、前に突き出すみたいに吹いていて、なんだかどれも勇ましい感じだけど、ホルンは大事なものを優しく抱きかかえているみたいでいい。あんたの雰囲気にぴったりだ」  そんなことを言われたのは初めてだからびっくりした。ちょっぴり照れくさいけど嬉しい。そう、ホルンはいろいろなきっかけを作ってくれた私の大事な宝ものだ。 「オジサンも頑張ってください」 「おう、ありがとう」
 南門に回って、いつもどおり駐輪場の一番奥に自転車を停めた。近くに赤い自転車が停めてある。知恵理の自転車だ。新学期から知恵理も自転車通学を始めたのだ。彼女の自転車は、競輪選手のオジサンの自転車のようなクルンと曲がったハンドルが付いている。なんだか私の自転車より速そうに見えてちょっと悔しい。サドルの下にはアドちゃんストラップがぶら下がっている。 「紗江があんまり『アドちゃん、可愛い』っていうから、可愛く見えてきちゃったわよ。なんだか納得がいかないけど」  イマイチ釈然としないという顔でそう言った知恵理を思い出した。 (そんなことないよ、可愛いじゃん、ねえ)  私は知恵理のアドちゃんストラップを指で弾いた。 「今日のは自信作だ!」  噴水をバックに耕太郎が腕組みして大見得を切った。私と知恵理と加奈ちゃんの手元には耕太郎が配った新作弁当。恒例の試食会だ。 「耕太郎の自信作はアテにならないからなぁ」 「陣内君、毎回『自信作』って言ってるよね」  今日のおかずは何なのか一見しただけではわからない。ハンバーグみたいだけど。 「まずは食べてみてよ」 「では、いただきます」  一口食べて私と知恵理は顔を見合わせた。知恵理は眉間にしわを寄せている。たぶん、私も同じ表情をしている。耕太郎はその表情を見てがっかりした顔をした。 「いやー、今回はいわきの魚、メヒカリでハンバーグを作ってみたんだけど……」 「わざわざハンバーグなんかにしないで、メヒカリなら普通に唐揚げとかにしてよ。折角おいしいメヒカリが台無し!」  加奈ちゃんも一口食べて微妙な顔をしている。耕太郎はアタマを抱えて落ち込んだ顔をしたけど、その程度でへこたれる耕太郎ではない。 「今回はアレだけど、次回は必ず自信作を持って来るから。ウマい弁当を次々に作って陣内屋は日本一の弁当屋になる。その手始めに……」  耕太郎はポケットからくしゃくしゃになったチラシを取り出して私たちの前に広げた。 「これに出場する!」 「いわき弁当コンテスト?? なにこれ? こんなのやるんだ」 「弁当屋のコンテストだよ。まずは手始めに陣内屋はこれに優勝する」 「えー!?」  私たち三人は声を揃えて驚いた。 「このコンテスト優勝が陣内屋大躍進の第一歩となる! そして……」  耕太郎のいつもの暑苦しい話が始まった。知恵理は「また始まった」という表情。やれやれ。コンテストまでの間、さらに暑苦しさがパワーアップした耕太郎と毎日顔を合わせなくちゃならないのか……。  でも暑苦しくたっていいよね。目の前で熱弁をふるう耕太郎には夢がある。知恵理にも加奈ちゃんにも夢がある。そして私にも。  最初はコスプレにしか見えなかった加奈ちゃんの女教師ルックもすっかり板に付いてきた。塾で教えている高校生からラブレターをもらって「困ったなぁ」と口では言いながら、実は舞い上がっているのが加奈ちゃんらしい。  祥平は弥生の旅館のホームページを英語で案内するページを作ったのをきっかけに、この辺り一帯の純日本旅館をまとめて海外に紹介する「Welcome to IWAKI」というサイトを立ち上げた。そのサイトを立ち上げるときには、祥平の作った案内ページのおかげで海外のお客さんが増えたお礼に弥生が一肌脱いだらしい。旅館のオーナーが集まった会合でそのサイトへの参加を呼びかけたのだ。おじさま、おばさまのウケが抜群にいい弥生のプレゼンのおかげで、そのサイトにはたくさんの旅館が集まった。トップページには着物姿で艶やかに微笑む弥生の写真が大きく使われている。 「モデルを使う予算がなかったからしょうがなく、あいつで間に合わせた」  祥平は相変わらずそんな減らず口を叩いているけど、旅館をたくさん集めてくれたことで、すっかり弥生には頭が上がらなくなっている様子だ。それに、あんなにこの町にいてもしょうがないと言っていたくせに、最近は「ネットでビジネスするなら、どこにいたって勝負できる。この町で俺は起業する」と鼻息が荒い。あのひねくれた祥平が、いつの間にか耕太郎と並んで「暑苦しいヤツ」になったと私が思っていることは内緒だ。
 そんなところに弥生がやってきて、いきなり私の腕をつかんだ。 「紗江ちゃん、紗江ちゃん、聞きましたよ!」 「えっ、なにを?」 「この間の日曜日、三崎公園で齋藤先輩とデートしてたっていう目撃情報を!」 「えっ、うそ! いつの間に?」  知恵理にも腕をつかまれた。 「いや、まあ、先輩が卒業してもときどき練習につきあってくれるって言ってくれたから、それで日曜に」 「もう紗江ちゃんが齋藤先輩が卒業するまでに告白しないから、私ずっとやきもきしていたのに、こっそり水面下で進行していたなんて! ずるいです」 「あー、今はまだデートとかまだそういう雰囲気じゃなくて……」  私は二人に腕をつかまれて、しどろもどろになった。
 実はウィンターコンサートのあと、私は齋藤先輩に告白したのだ。正確に言うと告白したつもりだった。齋藤先輩がそれを告白とわかってくれたかどうかは、いまだによくわからないけど。 「齋藤先輩、私、先輩と練習するのが本当に楽しくて。高校の頃からずっとこんなふうに先輩と一緒にいたいと思ってたんです。卒業しても私と会ってください!」  勇気を振り絞って告白した私の言葉に、齋藤先輩の答えは……。 「よし小田切、入社して少し落ち着いたら、また一緒に練習しよう!」  あ、あ、あれ?  それって私の告白の意味、わかってくれてます??  ひょっとして齋藤先輩って恋愛に関しては天然の人だったの??  齋藤先輩にずっと浮いたウワサがなかったのって、このせい?  でも私は先輩の言葉に「はい!」と答えていた。  思い切って告白して損したような気もするけど、なんだかこれも私らしいハッピーエンドのような気がする。だって私は齋藤先輩と一緒に演奏するのがなにより楽しいのだから。これが一つのハッピーエンドなら、この気持ちはきっと新しいなにかの始まりだ。
 そう、新しいなにかの始まり。今はまだ目に見える変化はわずかだけれど、ちゃんと私は前に進んでいる。  次の講義に向かうため知恵理とふたりでメインストリートを歩いていると、風が吹いて桜吹雪が舞い上がった。このキャンパスで見る桜も三回目だ。 「紗江はこれからインターンシップとか、キャリアデザインの講義も本格的になってくるんでしょ? 紗江はなに目指すつもりなの? 公務員といってもいろいろな仕事があるよね?」 「うん、私、もう決めてるよ。いわき市の広報の仕事がしたいんだ。だからまずそのために今できることをやっていく」 「いわき市の広報って、なにを広報するの?」 「いつもどこかの街角で吹奏楽団の演奏する音楽が聴こえて、耕太郎が作るいわきの名物料理や、弥生のところみたいな素敵な純日本旅館もある。知恵理が笑顔で迎えてくれる薬局があって、加奈ちゃんみたいなイケてる英語の先生がいる高校もある。そんな町並を齋藤先輩がどんどんつくっていく。そういう素敵なこの町をたくさんの人に知ってもらう!」 「紗江、すごいすごい! それ素敵! あ、でも祥平がいないよ?」 「祥平はきっと弥生のお尻の下!」 「きゃー! あはは!」  知恵理と私は涙が出るほど笑った。 「紗江からやっと前向きな発言が出てきたんで私は安心したよ。まったく、長い長い長ーい五月病!」 「長い間、ご心配をおかけしました」  長かったモヤモヤも晴れてしまえばあっけない。 「だって、私はここが好きだし、やりたいこともここにあるし」  そして好きな人もここにいるしね。 「講義のあと、泳いでるからよかったらおいでよ」 「じゃあ、楽団の練習が終わったら覗きに行く。あ、また遅刻しちゃう!」  知恵理に手を振って、私はキャンパスを走り出した。
 うん、間違ってない、間違ってないよ。  私は自分の夢を見つけたのだ。

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